森口博子さんの言行録 「いつみても波乱万丈」より(2006/10/1)

森口博子さんの言行録
「いつみても波乱万丈」より(2006/10/1)

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「(編注:野際陽子さん『私、2時間ドラマで親子やりましたけどね』と森口さんとのお仕事をコメント)」
「小学校の頃から大学生とかに見られてて、 大人っぽく見られてました 」
「(『ETERNAL WIND~ほほえみは光る風の中~』)はじめて、『紅白歌合戦』に出させていただいた思い出の曲です」
「(編注:以下VTR、本名花村博美、昭和43年6月13日生まれ、母玉枝さん、父はタクシーの運転手。 4姉妹。共働きでいつも姉妹で遊ぶ。ちょっと動くと壊れてしまうアパートで暮らす。 貧しい暮らし。歌が好きで寝てるときでも『歌って』といわれたら、歌っていた。 4歳の時に『歌手になる』と決意。卒園文集に『わたしはおおきくなったら、たれんととかしゅになりたいです』と書く。 昭和50年福岡市立大楠小学校入学。この頃には『のど自慢荒らし』として知られていた。 『ちびっこものまね紅白歌合戦』に出演『ビックワイド60分 グランドチャンピオン』を獲得。 昭和51年8歳の時両親が離婚。以上VTR )」
「4歳の頃からいろいろ活動してたので、その分(賞金)が。賞金とかで(のど自慢などに出場する時の洋服を買った)」
「いわゆる床が抜けるっていうか、床が腐れてる。タンスが歩くと傾く家だったんですよ。 たとえば、ピンクレディーの『渚のシンドバッド』とかで『アン、アン、アン、アン』って飛び上がると、 『いかん、飛び上がったら、いかん』っていう家でした 」
「とにかく、カメラ向けられると、すごい笑顔で撮ってた記憶がありますね。 とにかく人前に出て、『なんかやって』とか『歌って』って言われると、それがすごい嬉しかったんですよね。 4歳ぐらいの時。(その頃から、歌手に)なりたい。じゃなくて、絶対なる。それ以外の人生は考えられない。 (のど自慢荒らし)暇なアイドル時代より忙しかったです 」
「(編注:以下VTR、昭和49年、6歳の時『ちびっこものまね紅白歌合戦』で桜田淳子さんの『黄色いリボン』を歌う。、以上VTR )(緊張はしなかった?)気持ちよかったんですよ。今でも忘れないんですけど、 生バンドなんですよね。イントロががーってなった時に、お客さんがばーって拍手くれるんですね。 それがもう快感で。血が騒ぐってことはああいうことだったんだなって。 実はですね。当時の台本を取ってたりしたんですね。懐かしくて、 見てたら、審査員長服部良一先生とか出てらして、野際陽子さんの名前があって・・・。だから、ご縁があったんです 」
「(編注:以下VTR、両親の離婚後いっそうまずしくなる。母は朝6時から12時の間は朝の支度と家事。 12時から18時の間に仮眠と、夕方の支度。18時から配膳の仕事。0時からは魚河岸の仕事。 多忙な母だったが、躾には厳しかった。玄関の靴を並べていなかったりすると怒られた。 4姉妹で連帯責任で怒られた。4人で家の掃除をしたり、子供達だけで食事。1個のコロッケを4人でわけた。 パンの耳を食べることもあった。1997年、8歳の時『ちびっこものまね紅白歌合戦』で太田裕美さんの『しあわせ未満』を披露、以上VTR )夜配膳行ったりとか、魚市場行ったりとか、時にはブティックを任されて、 掛け持ちで行ったりとか。パンの耳はパン屋さんに行くと、よくサンドイッチを切り落とした耳とか余ってますよね。 あれを、姉が家のジョンに、犬に食べさせるので下さい、とか言って。 おやつが買えないので、それを食べてたりとか。一番ひどいときは、姉の誕生日はマヨネーズとチーズかまぼこで すごした時は、ちょっとかわいそうだなと思いましたね。姉の誕生日、マヨネーズご飯にかけてっていうのは。 当時、給食袋もらうのが、子供達の悩みの種でで、もらっても家は払うお金がないっていうの、子供ながらにわかってるんですよ。 それで、母に言えなくて、締切日まで、ずーっと持ってるんですよ。で、いよいよ今日が締め切りだなと思って、 母に出すと、『なんで今頃だすとね。今言われても、なかろうが』って。心の中で、 『3日前に言っても、なかろうもん』とか思って。それがいつも姉達で『いつ出す。いつ出す』 人数が多くて、兄弟がいるっていうのは、ほんとにありがたいなって。 (けんかは)しょっちゅうありましたね。一番近いすぐ上の姉とはよくして、 私がいつも泣いてたりすると、母はやっぱり私が一番下だから、って言って、姉を怒るんですね。 そうすると、姉が母が仕事に行った後に、『あんたがいいつけたけん、あたしが怒られたろうが』 って、また、私が。堂々巡り。さらにケンカがヒートアップ(笑)」
「(編注:以下VTR、昭和56年、12歳で市立高宮中学校に。当時の門限は夜10時。母から電話があると、 帰っていない姉達(長女和子さん、次女直美さん、三女寿美さん)のものまねをしてごまかした。 57年、13歳、オーディションがすべて不合格。家族の前で泣かない、トイレで泣いた。 ボイトレの先生から紹介されたオーディションを受ける。その『NHK 勝ち抜き歌謡天国~全国名人大会~』で『Where the boys are(映画『ボーイハント』の主題歌?)』を歌って準優勝。 (1985年3月30日放送)平尾昌晃チーム、福岡・福岡名人として出演。 当時歌のレッスンを受けていた平尾昌晃さん。 福岡中央高校。昭和60年、17歳で上京、堀越学園に転校。2週間で森口博子としてデビュー。 『水の星へ愛をこめて』はオリコン初登場16位の快挙、以上VTR ) とにかく、(オーディション)受けても、受けても合格しない。それで、どうしようと思ったんですけど、 毎回毎回、自分の部屋っていうのがなかったんで、泣く場所がトイレだったんですね。 そうすると母hも『また次がんばればいいじゃない』 っていう励ましの言葉をかけてくれるんですけど、そのかけかたもすごくさりげなかったり、 時には叱咤激励してくれたりするのが、余計なんかしみたりしますよね。 ちょっとした挫折みたいな。世界は甘くないな、みたいな。 当時の日記とか暗いんですよね。いきなり『詩』になってて、『ポエム』になってて、 『暗闇に立ってる私』暗い、とか思って。(オーディションに落ちた回数)数え切れないですね。 周り見ると、すっごいキラキラ輝いてた子が、まわりたくさんいるんですよ。ちょっと、 こうやばいなって。しり込みしちゃったときは落ちたりとか。『顔じゃないな』と思いながら、『歌なんだ』と 思っていたときはいいところまで行ったりするんですけど、でも結局、いいところまで行って、 その審査選ばれるのは、キラキラかわいい子選ばれたりとか。最後のやっと決まったオーディションっていうのが、 NHKの『勝ち抜き歌謡天国』だったんですけど、それが、ちょうど受験勉強の時期と重なってたんですね。 で、受験の、県立に入らないと、私立に通うとお金がかかるんですよね。とりあえず県立に入って、 母を楽にさせて、それからまたオーディションを受けようと思ってたんで、そのオーディションを一度 お断りしたんですね。そしたら買い物から帰ってきた母が『受験日が一緒じゃなかったら、今までいっぱい落ちてきたんだから、 肩の力抜いて、受ければいいじゃない』って言ってくれて、あ、そうかと思って、 肩の力を抜いて受けたら、それがやっとデビューのきっかけになったんです。 とにかく、学校中でみんながデビューを祝福してくれて、応援してくれて、 福岡中央高校の友達には、いまだに応援してもらって、東京でコンサートがあるって言ったら、 みんな泊りがけで、団体で見に来てくれたり。 はじめて福岡でコンサートやった時は、あたしあだなが『もげ』って言うんですけど、 でっかい花束をみんなで楽屋に持ってきてくれて、その時のメッセージカードが 『もげのコンサートをみんなで見るのが、私たちの夢でした』って書いてあったんです。 すごい支えられてますね 」
「(編注:以下VTR、平尾昌晃さんが命名した森口博子。しかし、徐々に時事務所が松本典子さんに力を入れていることに気づく。 姉直美さん、母に電話で泣いて相談することも。 1年経ったときに、事務所から『福岡に帰って』と言われる。理由は『同じ事務所にアイドルは2人いらない』だった、以上VTR )(堀越学園)アイドルの花園で同期は井森美幸ちゃんとか、ちょっと先にデビューした荻野目(荻野目洋子)ちゃんとか、 写真集で印税がっぽがっぽ、武田久美子ちゃんとか、たくさんいて、私も入った時は、 そういう仲間だと思ってたんですよ。そしたら、みんなこう、早退していくんですね。 仕事がある子はどんどん早退していて、私は授業があるので、ずーっと最後まで いるんですね。で、体育の授業とかに出席の名前呼ばれるんですけど、 本名花村なので、あとの方なんですけど、『あべ』『はい』『花村』えーもう2番目かよ、みたいな。 その間のアイドルの子達は仕事でいなくなってるんですよ。おっかしいなー、描いてた堀越のイメージと違うなー と思いながら、で、あたし次の日から嘘の早退書を書いて、忙しい振りして、早退するんですよ。 で、最初にガンダムというアニメのパワーがもともとある作品の曲だったので、 オリコンとかに入ったりとかして、アニメがらみの仕事はあったんですね。 それで、ちょっとこう嬉しかったりして、ちょっとアイドルっぽいなーって思いながら、すごしてたんですけど、 リストラを受けたときには、まだなにも、これからなのに、リストラは納得いかないなっていうのは子供心に。 ガンダムはちゃんとがんばったのに、っていうのは。 (松本典子さんと待遇の差)感じましたね。雪まつりとか行くと、 典ちゃんは典ちゃんで親衛隊とかが『L・O・V・E 典ちゃん』とか言ってるんですよ。 いやー私、いやな予感するなー、私にいないんだろうな、きっとと思いながら、 で、歌の順番も典ちゃんが先に歌ったんですよ。ちょっとこれはいやな予感がするな、 でも大丈夫だろうな、久々に新曲も歌えるし、と思って、行って、私の曲のイントロが流れた時に、先に歌い終わった 典ちゃんがはけた時に、お客さんが私の曲とともに2000人のくろだかりの人だかりがですね、 典ちゃんにばーっと付いていって、そこにいたくろだかりが、真っ白の雪景色になったんですよ。 その時に歌ってた曲がですね。『枯葉色のスマイル』ネタでもなんでもなくて、ほんとに 忘れもしないですよ。『♪smile on me 笑顔見せて 冷たい季節』ほんとに泣きそうに なっちゃって、でも歌うんだって。私の曲を聴いてもらうんだと思って、一生懸命泣かないで歌いました。 典ちゃんがスペインに写真集の仕事で行って、帰ってきた日にラジオの生放送のお仕事が、 典ちゃんにあったんですね。で、飛行機の都合上、その生放送に間に合わなくて、あわてて事務所が『じゃぁ、博子行け』って。 張り切って行ったんです。そしたら、司会の方が『今日は典ちゃんが飛行機に乗れなくて、 残念でした。その代わり、森口博子さんが来て下さってます』って言ったら、 お客さんが『えー、誰?知らない。ブー』みたいな。もう辛い。『しらなーい』って言ったら、 『私もあんた知らなーい』みたいな。(家族に)あんまり、言うと心配するんで、最初の頃は全く言わなかったんですね。 『今日は?』って言ったら、ほんとは仕事無くても、『取材』とか言って、ずっとごまかしてる時期が続いて、 でもテレビも出ないし、雑誌も出ないしって、だんだん家族も露出がないところを見ると、 仕事がないのかなーってばれちゃいますよね。その時に、やっぱり仕事がないっていう風に電話をすると 母はそれでも『あなたが帰ってくる場所は無いけんね』って叱咤激励してました。 (母がそらを見てたことを)それは後から聞きました。姉があんたが上京した後は毎日、『東京の空はどっちねー』って言って、 毎晩泣きよったけん、私が怒ったよ、ママを。って後から聞きました 」
「(編注:以下VTR、マネージャーとともに売り込みを開始、テレビ局で『なーんでもやります』と言うと、 『毎日来てみれば』と言われる。本当に毎日通った。 それで決まったのが、『鶴ちゃんのプッツン5』業界内でだんだん口コミで評判になる。 昭和61年、18歳の時、バラエティ番組で大うけになり、史上最強のバラドルと言われるようになる、以上VTR ) (バラエティ)やってる時は、楽しむんだったら、大いに楽しもうっていうのが、 自分の中のモットーでありました。というのは、リストラをされてるので、 もう、帰されるんだったら、なんでもやりたいっていうので、目標を立てたんですよ。 とにかく、きっと全国の方の顔と名前覚えていただけたら、事務所の方は帰さずに 次の私のまた、プロセスに耳を傾けてくれるのかな、って思ったんで、 目標を決めて、やった時には、なんでも一生懸命やりたいっていう。で、きっと何かの チャンスに絶対つながるっていうのが、いつも自分のポリシーであるんですね。 バラエティもきっとそういう風に自分の中でつながっていったのはありますね。 だから、無名の私に仕事を下さったのは、すごいほんとにありがたかったです。 だから、あそこの時期がなかったら、ほんとに今の自分はいないので。 (『いつみても波瀾万丈』のプロデューサー菅賢治さんに『毎日来てみれば』と言われ)毎日行きました。毎日行って、 いない時は自分のシール張って、机にベタベタ張って、帰って来ました。 ほんとに、おかげさまでっていうのは、こういうことだって思います。 きっと歌だけやってたら、今日この番組でもきっと私は出ていないと、もう確信を持って言えますね 」
「(ものまねは)自然とですね (編注:以下VTR、松田聖子さん、菊池桃子さん、工藤静香さんのものまねをしているシーン、以上VTR) 不思議と、メイクしてると、そういう顔になっていくんですよね。あれって。 (編注:番組で黒柳徹子さん、薬師丸ひろ子さん、アグネス・チャンさんのものまねを披露) 」
「(編注:以下VTR、多いときは、レギュラー番組が週に12本となるほど。『日本一忙しいタレント』とまで言われた。 その中で『やっぱり、歌いたい』との気持ちが芽生える。平成2年には『ETERNAL WIND~ほほえみは光る風の中~』で念願の『紅白歌合戦』に初出場を果たす、以上VTR ) なんか、ストレスを感じてる暇もないぐらいっていうのが、逆に怖かったですね。 体調も悪くなるっていう。バランスがもう取れなくなって、自分がどこにいるか、 わからなくなった時もありましたね。なんか、勢いで『バラドル』って言われてる時が、 いわゆる旬ですよね。一番旬ですよね。でも、旬っていうのは絶対長くは続かない。 その旬の後に来た時が、一番大事な時期なんだと思ったら、 こんなに忙しく続いてる時期がある意味怖くて、この時期にやれることは、今のうちのやっとかないと。 常に思って。 (編注:再び決まった歌がアニメの主題歌だったこと)原点だなって思いました。 そこのパワーを借りて、自分がデビューさせて頂いて、 で、また今度は映画の『ガンダム』だったんですけど、たくさんの聴いていただけるきっかけになったっていう。 で、『バラドルの森口博子』は知ってるけども、『歌手・森口博子』はみんな知らないなと思ったんですよ。 『歌手って事知りませんでした』みたいな感じ。いいきっかけになりました。『ガンダム』が 」
「(歌うこと)軸というか、だからお仕事というよりは、 自分の中では呼吸と同じなんですよね。もう、当たり前、なんか、歌うことが、 当たり前で。それで、もちろんヒットしたいなっていう気持ちもないことはないですけど、 でも、売れる曲というよりは、ほんとに人の心に残る曲を歌える表現者でありたいな (『紅白歌合戦』に出場した時)母がやっぱり、『全国区やね~』みたいな感じで(喜んだ) 」
「不器用なんですよね。頭でっかちになったりとかする事もあるんですけど。 情報が自分の中で多すぎて、何が大事だったかっていうの、わかんない日がほとんどで。 要点が何だったんだろう。だから、きっと今日、編集も大変ですよ 」
「(編注:以下VTR、平成4年には『スピード』など順調にリリース、また平成14年、34歳の時には舞台『とげぬき音楽隊』で初座長を務め 成功を収める。平成18年、38歳。最近はJAZZにも挑戦する(銀座SWING)、以上VTR) (舞台は)プロデューサーの方から、バラエティ番組を見てて、 お話を書きたいっておっしゃって下さったんですね。で、あたしは初めての舞台で 座長は絶対私には怖くて出来ませんって、お断りしようと思って、 プロデューサーの方にお会いしたんです。 そしたら、そこで、でもなんで私だったんだろう、ふとちょっと聞きたかったので、 お聞きしたら、やっぱりそのバラエティを見てくださってて、 歌とか、バラエティとか、いろんなことをやってるものをミックスしたような お芝居を作りたいのでって言って下さって、それが心に響いて、 あ、なんか全部見ててくださったんだなと思ったら、自信ないけどがんばろうって 思いました 」
「JAZZはチャレンジの域、挑戦の域です。 でも、やっぱりいつでも、音楽が呼吸とともにあって、そこにバラエティだったり、ドラマだったり お芝居、舞台だったりっていう風にすべてで森口博子が、この先もあると思います (母)強い存在でもあり、一生懸命に生きるっていう事を背中で教えてくれた母ですね 」
「(編注:以下お母さんからの手紙、『ママより 博美ちゃんへ。博ちゃんデビュー21周年おめでとう。 4歳の頃、大きくなったらタレント歌手になりたい、と言っていたことを実現させた娘を持って、 誇りに思います。涙を流した時間以上に努力した時間は計り知れなく、 がんばった結果が今、出ていると思います。仕事がしたくても、仕事がないけん辛い、 と言った時も、本当はすぐに迎えに行きたかった思いをぐっとこらえて、 あと2年がんばってみて、それでダメなときは、ママが迎えに行くけん、と 2人受話器を持ったまま泣いた日々を、昨日のことのように思い出します。 いろいろな番組や舞台に出演させていただき、幸せそうに歌っている博ちゃんの姿を見ると、 ママはとても嬉しいです。 これからも歌を聞いてくださっている皆様の心に響く歌を届けてください。 そして、応援してくださっている、ファンの皆様、スタッフの皆様に感謝の気持ちと笑顔を忘れずに、 出会いを大切にしてくださいね。最後に出来れば1日でも早く、博ちゃんの子供を抱っこしたいので、 良きパートナーに出会えることをママは願っています。 それと、どんな状況にいても家族のことを1番に考えてくれて、 感謝しています。今まで、家族を支えてくれて本当にありがとうね。 最近、歳のせいかわがままいって困らせることが多く、申し訳ないのですが、 これからも仲良くよろしくね。ママより 』)」
「(結婚は)最近は順番が違ってもいいので、 早く結婚して・・・、入籍しなくていいので、先に子作りで・・・(と)母は申しております。 (現状は)さっぱりでございます。でも冗談抜きで、 そろそろ仕込みに入らないと、高齢出産。 (編注:間寛平さんが『(森口さんが)20歳ぐらいの時に、男に頭下げんなよ、言うて』、とコメント)よくアドバイスしてくださいました。 (理想のタイプは)ファザコンなので、おじ様が大好きなんですよね。 だからそういった意味では、出会いが狭まれてきますので。 (福留功夫さんや間寛平さんのような歳の男性)ストライクゾーンです。でも、母は年下でも いいからって最近は言ってますので。でも、ほんとに最近、 冗談抜きで、いつもガミガミガミガミ言ってる母が時々ちっちゃく見える時がある。 なんか、こう時々しゅんとなったりすると、 すごくせつなくなったりするんで、 母がいつまでもガミガミガミガミ言ってられるように、いい意味で心配かけたいなって。 (編注:男性の噂がこれまでなかったですね、という福留功夫さんに) 恋愛なかったわけじゃないですよ。この歳になって、 なんにもなかったら大丈夫かなって。 (噂が続かないのは)私がきっと感覚が男なんですよね。 今、母と次女が独身なので、だからきっと、私と結婚するともれなく、 母と姉がついてくる、っていう感じで、ごめんなさい(笑) 」
2006/10/1放送 日本テレビ「いつみても波乱万丈」より

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